JRA厩務員、渡部貴文氏。
2006年からJRAの厩務員及び調教助⼿として活躍し、
競馬界を代表する藤沢和雄厩舎では
グランアレグリア、ソウルスターリング、ペルーサといった
数々の名馬を担当してきた。
現在は美浦の蛯名正義厩舎で厩務員を務めながら、
一般社団法人 Happy Horse Creators の代表として、
日々の業務の傍ら引退馬支援にも取り組む。
競走馬の世話をして、レースに送り出すという立場上、
現在は育成牧場から馬を引き継ぐポジションでもある。
左:JRA厩務員 渡部貴文
右:株式会社EQUIFINE 代表取締役 藤沢 諒
渡:藤沢さんは初めて見た時から「馬乗りの上手な人」という印象を持ちました。
僕にとって馬乗りが上手い人というのは『馬の上にいて動きを邪魔しない、自然に乗っている』人。藤沢さんを最初に見た時「楽しく馬に乗りながらコンタクトを取っているなぁ…」と。
藤:馬乗りの上手さについての考え方は全く同じですね。馬の動きを邪魔しないのは大事。そして乗っている人も、馬を通じて最大限のパフォーマンスを発揮できるのが望ましいと思います。
渡:言語化するのは難しいですが、人間側のやって欲しいことが伝わって、馬側のやりたいこともしっかり伝わってくる状態が好ましいと思います。そのバランスを制御しながら乗っていられるのがベストですね。
藤:下手な人は一発でわかる。馬に「乗られている」感じというか…。だから、動かせないし、逆に動きすぎることも多いと思います。
渡:それは間違いないですね。馬乗りが上手か下手かは見てわかるようになりたいと思っています。例えば漁師ほど魚に詳しくなくても「この魚はうまい!」という風には思う。そのくらいの理解度を目指しています。
藤:ところで、渡部さんは、なぜこの世界に入ろうと思ったんですか?
渡:僕はダービースタリオン(社会現象となった競走馬育成ゲーム)がきっかけです。僕の実家はケーキ屋でしたから、全く競馬に縁がなかった。ですがダービースタリオンにハマって競馬を知って、ゲーム以外でも本などで調べていくようになりました。そのうち「厩務員、面白そうだぞ」って思うようになって…。藤沢さんはどうして競馬界に入られたんですか?
これまでの厩務員生活で多くの一流馬を手掛けてきた渡部さん(写真:本人提供)
藤:進学したくなかったから、が正直なところです(笑) 僕は中学を卒業した後、そのまま馬の仕事をしようって北海道に飛んだんです。そして現場でいきなり「調教師になりたいんですけど」って言ったら「何言ってんの?」って呆れられて…。そもそも乗馬も、たまたま馬事公苑が家の近くにあって、チラシが回ってきたことで、たまたま始めたものでした。ですから、馬の世界に対する知識はなかったですね。調教師が曲馬を作る仕事だと思っていたくらいですし、厩務員に対してもどんな仕事かというイメージがそもそもなかったです。
JRA少年団での乗馬から、競走馬育成に携わるようになった藤沢(写真:EQUIFINE提供)
渡:なるほど。競馬界で働いてしばらく経って、今は、厩務員にどんなイメージを持っていますか?
藤:我々が育てて鍛え上げた馬の面倒を見てくれて、調整をしてくださる人達っていうイメージですね。ただ、意外と距離感はある。仲が良いかというと、そうではないというか。
渡:調教師を通さないと、密にコミュニケーションが取れないですからね。情報を集約して自分なりの考えで関係各位に伝達事項を決めるのが調教師の方々のお仕事。僕らが仲良くなって、先に個別にコミュニケーションを取るようになったら、それが瓦解してしまいますから…。そういうことがあるから、僕らが単独で許可を取らずにふらっと育成場に行くっていうのはできないですもんね。グランアレグリアの様子を見に行きたいときもそうでした。藤沢調教師に「天栄に見に行ってもいいですか?」って許可を取らないといけない。
藤:まあ、お互い仕事のイメージはできているから、業務上の問題はないですけどね。先ほどグランアレグリアの名前が出てきていましたけど、やっぱり思い出深い馬はグランアレグリアですか?
渡:うーん、一番走ったのはグランアレグリアだけど、思い出深い馬と言われると僕が藤沢和雄厩舎に入る前に所属していた栗田博憲厩舎のリザーブカード(富士S(GⅢ)・関屋記念(GⅢ)2着)かなと思いますね。
藤:重賞クラスの馬ですね。新馬戦を勝利して2歳3歳の頃から重賞で活躍していたのに、10歳まで走ったというのはすごい。しかも10歳でも障害OPクラスで2着に食い込んでいる。
渡:OPクラスともなると、0.1秒っていう時計の中に7,8頭がギュッと入ってきます。その中でタイムをどう詰めようかということを考えなくてはなりません。しかしリザーブカードは脚元の弱い馬だったから、タイムをどう詰めるかということと同時に、脚元をどうケアして目標のレースに間に合わせるか…ということを考える必要がありました。未勝利戦などと違って、OPクラスのレースは出走の日をずらせない。だからこそ、予定に合わせた仕上げを確実にするのは非常に重要です。そのプレッシャーの中、たくさん学ばせてもらった馬でした。今でも彼との経験が根底にあります。
藤:なるほど。59戦6勝、獲得賞金2億1,570万円とは立派な戦績です。脚元を意識しながらの調整は大変だったでしょう。調教助手時代、重視していたのはどういったポイントですか?
渡:僕はあまり調教に乗る助手ではなかったので、「馬に怪我をさせない」「目標に合わせてしっかり体調を上げられるように」という2つのことに重きを置いて仕上げていきました。
藤:僕は「厩舎に入ってから仕上げられるように」というのを根底において馬体を作っています。育成牧場においても、その先にある目標レースは存在しているので、そこに向けて厩舎で最後の仕上げができるような馬づくりが大事ですね。
渡:たしかに、厩舎に帰ってきたタイミングで仕上がり過ぎていると、逆に困ることがあります。そういった微妙な加減が難しいですよね。
藤:僕らの役目は下地を作って厩務員さんに渡す、というような役割だと思っています。その辺りを念頭に置いておきたいですよね。逆に、厩舎サイドから見て、育成牧場から帰ってきた馬に何か感じることはありますか?
渡:馬に触る職業なので、育成牧場から帰ってきた後には必ず馬に触ります。そのファーストタッチで「あ、この馬はずっと厩舎にいたな」とか「この馬は向こうで随分かわいがってもらったな」ということはわかります。育成牧場の皆さんには、預けられている間、しっかりかわいがって面倒を見てあげて欲しいなと思います。
藤:おっしゃる通りです。意外とそのあたりって、育成牧場によりけりというところもあるんですよね。馬に対しての接し方とかも人や牧場によって全然違う。愛でる人もいれば、忙しさに負けて馬の扱いがぞんざいになってしまう人もいます。でも、どれほど忙しくてもぞんざいになってはいけません。人間がその忙しさをうまく分割してやりくりしないと。馬に当たってもプラスは一切ありませんから。
渡:間違いないです。休養から帰ってきて、良い意味でも悪い意味でもガラッと変わったと思うことがあります。逆にトレセンから牧場に行くときも然りですね。
藤:厩舎に入ってくる時はエキサイトしていても、こっちにいる時だとおとなしい雰囲気に変わる馬も多いですからね。賢くて、オンとオフが分けられているというか。
渡:そうそう。数の多い複合施設で知らない馬が多いところだとうるさいのに、単体施設で知り合いの馬が多いとリラックスしすぎるとか。人間と一緒で、よそいきの態度がありますね。
藤:本当は育成牧場と厩務員さんとで、そのあたりの情報共有とかもできたらいいんですけどね…。やはり、業界として、このあたりのコミュニケーションには課題がありますね。
渡:建設的にコミュニケーションを取れるのであれば、馬のためになりそうですしね。
藤:本当は、厩務員や調教師間で情報共有できるグループラインとか作っちゃってもいいかなとは思います。チームの中で情報共有ができていれば質が上がりますし。
渡:さっきも言った通り、現状だと調教師の先生に許可を取ってからじゃないと、育成牧場に行くことすらできないですしね。情報の共有ができていればこちらも牧場での姿を知れますし、想像だけで仕事をすることがなくなります。
藤:仮に場長や社長が育成牧場に不在の際に調教師の先生がいらっしゃった場合、今のままだと彼らしか知り得ていないことを先方から聞かれたときにうまく説明ができないケースがでてきます。オープンにしておけば情報を流せるし、指示や注文があれば実施後のコメントもできます。その馬を知っている人同士で意見交換ができれば、もっと有意義な調整が可能になるかと思います。
渡:そうですね、その通りだと思います。新しい世代が是非そんな業界を作り上げていってください! 藤沢さんはこの若さで経営者をされているというのが凄いです。競馬界に新しい考え方をバンバン入れてほしいと思っています。
藤:そうですね、頑張ります!
藤:今後についてはどう考えていますか?
渡:僕は定年まで今まで通り厩務員を続けながら、馬事文化賞を目指したいですね。昔、藤沢先生にJRA賞に4度(ソウルスターリングで1度、グランアレグリアで3度)連れて行ってもらったので、今度は自分の力で、先生をひな壇に連れていきたいですね! 後はプライベートの方の社団法人で「馬」というものを、もっと一般の人に知ってもらえるように発信していきたいです。藤沢さんはどうですか?
藤:まずは、従業員を養うために頑張ろうと思っています(笑) 一歩ずつ結果を出していくことから始めていきたいですね。従業員宿舎も作りましたし。あとは育成牧場だけど田畑を耕して牧草を作って…みたいなことも、将来的にはやりたいと思っています。あ、それと、いつか渡部さんのYouTubeに出たいな(笑)
渡:ぜひ、お願いします!
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